詩的、艶かしい、今にも羽ばたきそう──
およそ靴を表す言葉ではありませんが、シューズデザイナー/アーティスト・串野真也さんが手がけるのは、そんな言葉が思わず口をついて出る独創的で美しい靴。動植物をモチーフに唯一無二の靴を通して「美」を表現する串野さんの新しい挑戦とは。そして「美しい」とは何か。
串野真也 Masaya Kushino
京都芸術デザイン専門学校を卒業後、イタリアに留学。” Istituto MARANGONI” ミラノ校、ファッションデザインマスターコースにてディプロマを取得。帰国後、自然からインスピレーションを受けたファイナルデザインをテーマに、靴をはじめ様々なアート作品を発表。作品はイギリスの国立博物館、ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館、NY のFashion Instit ute o f Technology 美術館等に永久保存されている。
ー過去作品よりー
内なる世界と向き合って
鳥の羽根をまとい、ヒールの代わりに動物の爪先が力強く大地を掴む。串野真也さんが生み出す靴は、動植物の造形の美しさを大胆に表現した、斬新でいてエレガントな佇まいが特徴的です。「自然の摂理の中で、そうならざるを得ずにたどり着いた造形を僕はファイナルデザインと呼んでいます。それは目に見えないレベルで変化し続けているので、常に最終形態であり、最新形態。人が遺伝子レベルで魅かれてしまう美しさなのだと思います。僕は人が手に入れることのできないファイナルデザインを、ファッションを介して疑似体験することで幸福感を得たり、鼓舞されたりするような作品を目指してきましたが、最新作は履く・歩くなど人の足にどんな概念があるのかを “彫刻” という形で探究しました。これまでの表現手段である靴(ファッション)からどう逸脱し、想いを届けるかが今回の挑戦」と串野さんは微笑みます。「自然物はファイナルデザイン」であるとの観点から、今までは動植物をモチーフにする事が多い串野さん。しかし今回は人間の内面的な部分との対話や感じ方を表現しているそうです。「人にはそれぞれの人生がありますが、どんな人もただ一生懸命に生きて、枯れていく。その姿は尊く美しいものです」。人間の人生を花に、また靴を花器と見立てたことから、展覧会のタイトルを『人間賛花』とされたそうです。「制作中に人生が変わるような大きな出来事があり、生きる事の尊さと向き合いました。悲しみを持ち続けるのはしんどいけれど、忘れるのも嫌で、ずっと考えていました。しかし、思いを巡らせているうちに、忘れるということは失うことではないのではと感じ始めたんです。記憶や思い出は、時間と時間のひだの隙間に収まっていて、誰かとの会話や映画、作品などをトリガーにして蘇ります。そして、対峙した後に再びひだに包まれることによって、一歩前に進めるのではないかと考えるようになりました。つまり忘却は、生きるために必要な美しい側面の1つだと捉え、展覧会のタイトルに『忘却の旅人』と追加しました」。
世界を救うのは個人の美意識
「世の中のほとんどの事に、全ての人にとって正しいという答えはありません。自分のことも意外と知らないですよね。だからこそ、1つひとつ意志を持って選択することが大切で、その意志がその人の美意識であり、責任を持つことに繋がります。会話や立ち振る舞い、作品から責任のある選択が見えた時、人は美しいと感じるのだと思います」。お会いすると、とても朗らかで柔らかな印象の串野さんですが、揺るがぬ信念を感じさせられます。「今回『正しい記憶』という作品があります。1つだけの正しい記憶は存在せず、共有した人それぞれにとっての正しい記憶に変化していきます(美化される事もある)。その事を理解することが、多様性に繋がると考えています。また、移ろいの早いこの社会では、“正しさ”を求めるのではなく、“正しくあろうとする意識”の方が重要です。例えば小さな事ですが、道にゴミを捨てる自分は美しいかどうかを考えられる美意識があれば、そんなことはしないはず。その責任ある選択の積み重なりが人生を形成し、社会を、そして世界を形づくる。結局、人生を豊かにし、世界を救うのは個人の美意識なんだと思います」。
串野真也さんの個展『忘却の旅人–人間賛花』が開催された[清昌堂やました別館 THE ROOM]は、1階がギャラリー、2階がアーティストを招聘し支援するアーティスト・イン・レジデンス。事業の一環として串野さんが市内の小学生にワークショップを開催している。串野さん曰く「僕の想像を超える子どもたちの自由な発想には驚かされました」。 現在、串野さんの個展は終了。展覧会に関する最新情報はこちらからご確認ください
https://www.instagram.com/seishodo_the_room/
PHOTO 中尾写真事務所 TEXT 堤 律子 (一部の写真は串野さんよりお借りしております)