THE SATISFACTION IS WITH YOU
豊かさはすぐそばに

手とヘラだけで成形する手捏ねという技法や、小さな窯でひとつずつ焼く手法は、450年前と全く同じ。千利休から樂家初代の長次郎が依頼を受け、侘び茶の道具として生まれた樂茶碗は、今も茶人や美術家が羨望の眼差しを向ける孤高のお茶碗です。そんな器を作ってきた16代樂吉左衞門さんは、朗らかな笑い声で緊張感を和ませてくださる、世にも“自然体”な方でした。

十六代樂吉左衛門さん

十六代 樂吉左衞門 じゅうろくだい らくきちざえもん
1981年、十五代樂吉左衞門(現・直入)の長男、篤人(あつんど)として誕生。東京造形大学卒、京都市伝統産業技術者研修・陶磁器コース修了後に、イギリス留学。2011年には樂家に戻り、2019年に十六代を襲名

 

土そのものの“赤”と
陰影に溶け込む“黒”

―― 初代の長次郎さんから数えて約450年。これまでの歴代当主が現代までつないできた樂焼について、教えていただけますか。

樂焼が生まれたのは安土桃山時代、織田信長と豊臣秀吉が生きていたことから織豊時代と呼ばれることもあります。そんな時代に生まれた、村田珠光や武野紹鷗らが発展させ、千利休が大成させた侘び茶。それまで日本の茶道では中国や高麗のお茶碗が中心でしたので、利休がめざす侘び茶に必要な日本のお茶碗を、自ら生み出す必要がありました。初代の長次郎と利休さんが出会い、試行錯誤しながら利休さんが思う侘び茶のお茶碗を作り出したのが樂焼の始まりです。

十六代樂吉左衛門さん

―― 樂焼といえば、黒樂茶碗と赤樂茶碗が有名ですよね。

先に生まれたのは赤樂茶碗です。今でこそ“赤”と形容されていますが、長次郎の赤樂茶碗は茶室の差し色として赤色にしたかったのではなく、鉄分を多く含む聚楽第の赤土と透明釉を使っていたから、土色に発色しただけのこと。土そのものの存在を利休さんは引き出したかったのだと思います。その後、お茶碗を形容するために赤という言葉が使われ、赤樂茶碗と呼ばれるようになりました。それから利休さんと長次郎は、赤という色すらも排除した黒樂茶碗に挑みます。利休さんの茶室は小さいものなので、自然の光がスッと差し込むと明るくなったり、雲がかかると暗くなったり。自然に委ね、あるがままの茶室の陰影に溶け込むような黒いお茶碗を望まれたんだと思います。

初代 長次郎 黒樂茶碗 銘 面影 山田宗徧・石川自安 箱書付
初代 長次郎 黒樂茶碗 銘 面影 山田宗徧・石川自安 箱書付
(4月28日から開催される展覧会「ちゃわんやのともし火」でも出展予定)

―― 利休さんと長次郎さんが表現したかったのは、黒や赤という色ではなく、土と光。いわば自然の素材や現象そのものだったのですね。いけばなをする方が植物から命を感じるように、樂さんも土からエネルギーを感じることがあるのですか。

今、主に使っているのは奈良の薬師寺の東塔を解体修理する際に、掘り出された創建当初の土を「これは良い土だ」と父親が絶賛し、譲り受けたものです。同じような成分、同じような粗さであっても、それぞれ「土の個性」というものがあります。土に触れるとき、頭の中でこうしようと考えるというより、土のエネルギーに自分を“委ねる”という感覚があります。没頭していくうち、土と自分が混ざっていくというような、そんな気持ちに。こうしようという作為を手放し委ねる感覚がないと、手に馴染まずどこかに無理があるお茶碗になります。自然に手を加えることはできても、人間がコントロールすることなど到底できない。茶室から見えるお庭も自然の一部ではありますが、コントロールするというより、本来持っている美しさを尊重して手を加えていきます。抗わず、受け入れると生まれる真・善・美があります。
そして、エネルギーといえば、窯です。僕は茶碗そのものというより、樂家特有の窯が好きで家に戻ったところがあります。うちの窯は炎がブワーッと舞い上がる、子どもの頃に見たキャンプファイヤー寄りなイメージで(笑)。窯焚きする際は、お手伝いに13人ほど集まってくださるのですが、樂家と色々なご縁で繋がった方々が樂焼を支えてくださっています。作陶は自分ひとりで行う孤独な仕事なんですけど、窯焚きはみんなの力を結集させないとできません。むき出しの窯ですので、温度が下がらないよう呼吸を揃え、メンバーがひとつのお茶碗に向かってエネルギーを注ぎ、樂家の窯に力をくださる。一碗に向けて炎が燃え上がる瞬間はすごく幻想的です。でもなぜか、お茶室でお茶を介して心を通わせる感覚とも近い。何か深いところでつながるような感覚です。

 

樂として生きること

―― 手の中に土という自然を感じ、数多の傑作を生み出してきた樂焼。その伝統を継承することにプレッシャーはありましたか。

樂家の当主は代々、「教えないこと」を教わるのが家訓です。手取り足取りして枠をつくると、その枠の中でしか動けなくなりがちです。枠が無くとも枠に囚われる事もあります。例えば作陶を続けると、慣れてヘラ使いがうまくなります。小慣れたものを短時間で何個も作れるようになる訳ですが、これはこれで型にはまってしまいます。自分で枠をつくり、壊し、再構築する。そうして少しずつ自分の枠を大きくしていく。歴代当主の茶碗を基盤としながらも、決して模して作るのではなく、歴代の当主がそれぞれに侘び茶を捉えながら何を生み出していくのか、問い続けることが重要です。実はプレッシャーという言葉が、私はあまり好きではなくて。それぞれの人生に、それぞれのプレッシャーがあり、そのプレッシャーはその人にしかわからないものだと思うのです。私にはもちろん背負うものもありますけれど、歴代が使ってきた窯場と仕事場があり、歴代の作品が残した足跡があり、それを感じながら歩んでいくのは楽しくもあります。樂茶碗は、私を含めこれまでの16人の目線と表現がある訳ですが「私はこの代が好き」とか「このお茶碗がええなぁ」など[樂美術館]での鑑賞をきっかけに、樂茶碗のファンになってくださる方もいらしてありがたいです。

 

 

十五代 直入 焼貫茶碗 銘 山鬼 1996年制作
十五代 直入 焼貫茶碗 銘 山鬼 1996年制作
(4月28日から開催される展覧会「ちゃわんやのともし火」でも出展予定)


―― [樂美術館]での鑑賞も楽しいものですが、お茶室の中で見るお茶碗はまた印象が違いますね。

このお茶室には照明の明かりが一切ないんです。ないことによって、外からの光がすごくきれいに見え、太陽や雲が動くことで空間の陰影が変わり、お茶碗の表情も刻々と動いていきます。暗いからといって人工の光を取り入れてしまうと、自然の陰影を拒絶してしまうことになる。せっかく感じられるものを失うことになるんですよね。この茶室にとって、ものがよく見えることはさほど大切なことではありません。見えすぎて感じづらくなることの方が多いのです。現代社会もそうかもしれません。枠に囚われないように、文明の力に囚われないように、本質を見えなくしてしまうモノをなるべく無くす。茶の湯や茶室という美学にはそのような仕組みもあるのかもしれません。

 

十六代樂吉左衛門さん

 

“整う”と流れ出す豊かな日々

―― ついつい便利な照明をつけてしまいますよね。でもそれでは、自然の美しい光を捨て去ることになるとは盲点でした。人はつい目的と手段を入れ替えてしまいます。豊かに生きるためのSDGsなのに、気づけばSDGsのために生きなければならないなんて思考に…。樂さんの豊かさはどんな所にありますか?

2019年に樂吉左衞門を襲名した時、披露のパーティなどはせず、お伝えしたい方々を少人数で何日にも分けて、樂家へお招きし、茶道の本質的な姿であるお茶事でもって襲名披露としたんです。効率的に多勢の方にお会いするのではなく、心の交流ができる少数での茶事が好きで、そして自分に必要な時間だと考えました。そのおもてなしの準備のひとつに庭の掃除がありまして。プロペラみたいな形をした紅葉の種を父とせっせと拾う作業を毎日していました。「庭がきれいになることで、お客様の気持ちが整うように」と、父と一緒に掃除しているうち、自分の気持ちも整っていく。そんな時間が割と好きで、今思うとそれは豊かな時間だったのかもしれませんね。父に対抗心や変なプレッシャーを感じていたら、庭掃除を豊かだとは思えません。もてなしたい人がいて、一緒にもてなしてくれる人がいて、そのためにたくさんの方々の支えがあって、感謝しリスペクトしている状態。それらが整っている状態は豊かと言えます。実は大学卒業後に行ったイタリアでお世話になった彫刻家の方がいるのですが、その方に聞くと、その当時は「跡は継ぎません!」って血眼で言っていたみたいです。肩に力が入り意識が対峙していたんだと思います(笑)。そこから時が経ち、徐々に家業の事を思い描き、様々な事が整った。家族が居て、好きな茶事ができる。それで十分豊かです。

 
樂家母家

 [樂美術館]の北側に位置する、茶室を有する母屋の前にかけられた[樂焼御ちゃわん屋]の文字は本阿弥光悦の筆によるもの。
代が変わるたび新しいものに掛け替えるのだそう

樂美術館
☎075-414-0304
京都市上京区油小路通一条下ル
10:00〜16:30(入館は16:00まで)
月曜休(祝日の場合は開館)
https://www.raku-yaki.or.jp/

樂歴代 特別展
「ちゃわんやのともし火」
2023年4月28日(金)〜 8月27日(日)
一般1,100円/大学生900円/
高校生500円/中学生以下無料
始まりから約四百五十年、令和の時代へと受け紡がれる樂歴代の茶碗や実際の窯の炎の映像などから樂焼がもつ精神性を探る展観となっています。
詳細はこちらから

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