「おいしいね」の向こうがわ

今年は寒波がひどくて、人参の葉が全滅したんですよねーーと思ったら春にはすっかり芽が出てきて。植物っておもしろいです。人参って採ったことあります? 意外に手強いんですよ。大人でも結構力入れないと駄目。土の中で四方八方に根を張っていますからね、僕らはその生命力を貰っているんですよね。ニューヨークの大学に通っていた頃は、よく友だちと喧嘩したりしてました。「君たちは動物を大事にしてるけど、野菜だって生きてるよ!」って。向こうはエシカルとかビーガンとかが進んでいるように見えますが、でも野菜には気をつかわないで食べる。もちろん食べるなというわけじゃないく「野菜だって生きてるやん!」って伝えたかった。
仲良しだという大原のつくだ農園さんで、そう語りながら力強く人参を引き抜く。インタビューに応じながらも採れたての野菜の、質量以上の“重み”を感じた瞬間の笑みは隠しきれない。なんだか恋愛みたいだ。
2015年One Rice One Soup Inc を設立し。カリナリーディレクター(食の指揮者)として世界に向いて立つ料理人の中東篤志さんと、弊誌TSUMUGINO KYOTO 編集長・上山の対談企画です。

上山:
さっきの大学時代のビーガンの話は面白かったです。ただ、それでもやっぱり日本よりも海外の方がビーガン料理とか精進料理って多いんですかね。

中東篤志さん(以下、篤志さん):
ただ、「ビーガン」や「精進」といっても色々ありますよ。かつおだしを使っていても「精進」という人もいてはります。一方で、にんにくや葱とかも使ってはいけないと徹底する人も。うちでは肉や魚も取り扱います。難しいことを抜きにして、シンプルで美味しいもの。強いて取り入れているとすれば、精進の精神です。皮も実も、根も、葉も、花も、すべて粗末にせずに食べること。食べ物に対する感謝の気持ちですね。あと、全部食べると栄養価もええ感じです。昔から京都にはあったはずの考え方です。

上山:
なるほど、かっこいい食べ方ですね。SDGs とか難しい言葉を用いずとも、篤志さんの中で根源的にそうした考えがあるということなんですよね。僕はこの雑誌で、かっこいい食べ方について、フォーカスしていきたです。お勉強めいた説明で強制されるよりも、格好良いこと、美しいことにこそ、人間はなびいていくはずなので。ちなみに僕は「美味しい」の判断基準も少しづつ変化しているのかなと思ったりしています。

篤志さん:というと?

上山:
さっきの「全部食べる」ってのも、かっこいいですね。いい部分も悪い部分も全部、抱きしめてるって感じがします。個人的な話で言えば、息子と採った野菜とか、自分も何か関わった食材が使われていることで、その美味しさは格段にアップすると思います。土をさわり、汗をかき、おなかがすく。それも最高の調味料。もちろん、足腰がひーひー言うほど畑仕事したい訳ではないですが、その一端を体験する事で、農家さんは「こんな大変な思いをしてくださっているんだ」と感じることで、心が満たされ、いまこの瞬間を生きて、感じることができる。マインドフルネスですね。人は意外と心でも食べているのでしょうね。「旨味」の次の味覚ですね。何味と言うのでしょうか?「心味」?心にしみるストーリーも含めて、まるごと頂く「ホール・イート」。お腹も心も満たされる。

篤志さん:
「自分が関わった食材」という意味では、きょうの一皿(表紙のワンプレート)ですが、人参は畑のものですが、そのほかは一般的には「雑草」と呼ばれてもおかしくないようなものだったりもします。でも実際に口に運んでみて、美味しかったので。単純な仕入れより思い入れがあるし、ストーリーを伝えられます。アメリカ時代に実感したのは、「自分はこうだけど、あなたはどうなの?」「それで、きみは何をしているの?どう思っているの?」というスタンスが非常に多いということ。SDGs でもビーガンでも、その他の社会問題でも何でもそう。他人はともかく自分がどう思っているかがすごく大事かもしれません。そのためには、まず体験することが大切。親父の店(草喰なかひがし)でまかない担当をしているときとか、毎日めちゃくちゃ怒られたんですよね。「なんでそこ切って捨てるねん、食べれるやろ」とか、「それほんまに皮剥かなアカンのか?」とか(笑) とにかく「なぜそうしたか」を問いただされる。

最初はむっとするんですけれど、実際に言われたとおりにやってみて食べると親父の言ってることに納得するんですよ。下炊きしないと駄目、面取りしないと料理人の仕事じゃない、とかそういうのは誰かが作った思い込みかもしれませんよ。

上山:
なるほど、自分が納得すれば昆虫食も問題ないですよね。我慢して食べるのではなく、自分でワクワクすること、かっこいいこと、正しいことを考えて咀嚼すると。それも「ホール・イート」。このようなアイデアはスタッフの方とも共有されているのですか?

篤志さん:
そうですね、後世に残すために、細かいことまで伝えるようにしています。そのうえで自分で考えて……と。教科書やネットに書いてある事だけでは「想い」みたいなものは薄らいでいくと思うんですよね。スーパーに並んでいるだけでは伝わらないものを、ほんの少しの専門知識やアイデアにのせて伝えていくのが料理人やカリナリーディレクターの仕事だと思います。特にレストランは文化の集約地点。食事はもちろんですが、農業から畜産から工芸品から、お茶やお華のような文化まで、いっぱい詰まっている空間。そうした場所を次の1000年に向けて残し続けることができればと思います。

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