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ミニマルな竹の茶室[帰案]-tsumugino
ミニマルな竹の茶室[帰案]-tsumugino
茶室[帰庵]と外との境界にあるのは、竹の骨 組みだけ。天井も壁も、芸術品もないけれど、無いゆえの豊かさがそこにはあります。神出鬼 没でミニマルな茶室、たまたま通りかかってお茶をいただく人の中には、感極まり涙してしまう人もいるとか。自然の中で時をとめ、自分の心に出逢える不思議な茶室。お茶をふるまう[大徳寺大慈院]の戸田惺山住職と、設計・製作をになった[山中工務店]の稲井田将行さんが帰庵について話す時、目をキラキラと輝かせるその表情はまるで少年のようでした。

 

大徳寺大慈院 住職 戸田惺山と大本山大徳寺御用達 株式会社山中工務店 取締役本部長 稲井田将行
左)大徳寺大慈院 住職 戸田惺山  と  右)大本山大徳寺御用達 株式会社山中工務店 取締役本部長 稲井田将行

 

竹25本で空間を作るミニマル茶室

―― 持参するのは総重量5キロほどの竹25 本。世にもシンプルな茶室・帰庵はどのようにして誕生したのですか?

稲井田 私が大本山大徳寺に出入りする工 務店の人間だということで、もともと戸田さんと はお付き合いがありました。ある座禅会に参加した時、ちょうどローマで茶室を建てる構想があったんです。しかし本当の茶室を建てるとなると資材もたくさん必要で大変。だから頭の 中で要素を削ぎ落としていって、結局はこのように。極限に簡素化し、フレームだけを持っていくようなイメージが浮かんでいました。その話をお伝えした流れで戸田さんに「一緒に行っていただけません?」とお声がけしたのが活動の始まり。それが2014年の冬あたりの話ですね。以来2人で気の向くままどこかへ赴き、私が帰庵を組み立て、戸田さんがお茶を点てる。そして、たまたまそこに通りかかった人を招き入れ、お茶を飲むという活動です。

―― 茶室の最大のコンセプトである「お茶を飲んで、話をする」ことに特化し、持ち運ぶ事を前提とした事で、シンプルな事が正解に。戸田さんはどのようにお考えですか。

戸田 お茶室の中に自然を持ってくるのでは なく、お茶室を自然の中に持っていくという感覚です。野点とも少しちがいます。自然を感じられるという点は同じですが、竹で出来た一種の結界があるので、自然の中でも心が落ち着き、 季節の移ろいや風景をじっくりと感じることが できるのです。私たちは自分たちの足で茶室を運んで行くので、実際に持ち運べる重さ、大きさであることも大切にしています。制約があることで、あれもこれもとならないんです。

京都府丹後半島 夕日ヶ浦茶会

 

雪の中帰庵を担ぐ
雪の中帰庵を担ぐ

 

 

 

 

 

 

五山の送り火茶会 ー [帰庵]
五山の送り火茶会 ー [帰庵]

今世界が求める、“足るを知る”という感覚

―― 世界のどんなロケーションも茶室になる。 茶室の横に庭園をしつらえる代わりに、自然の 中に茶室を持ち込んだ発想が素晴らしいです。

戸田 日本文化の特徴は、自然との結びつきだと思っています。お茶は中国から入ってきた 文化だけれど、自然と結びつけたところが茶道の日本らしさ。西行の和歌、芭蕉の俳句、雪舟の水墨画もすべて、自然というものを友人のように捉えて共に歩んでゆく。そういう道に日本 らしさを感じます。自然と人の調和、そして人と人の調和、人とモノの調和が、心に落ち着きをもたらしてくれます。和敬清寂(わけいせいじゃく)という言葉があります。和=みんなが仲良くできるのは、敬=相手の立場を思いやり、清=誠実な対応、寂=静かな心、が土台にあるからこそ です。これは人間関係において万国共通に言えること。ですが、現実の世界では自国の利益 だけを考え、力による支配、フェイクニュースなど、騒がしい心で溢れています。「果たして、それで本当の人間関係が成り立つのでしょうか?」日本人が大切にしてきた「和」というメッセージをみんなで考える時期に来ていると思います。

―― 人の心は欲にかられ、迷いやすい。富むという意味も考え直さなくてはいけない時期ですね。ところで、帰庵でお茶をいただいてみたい、という人も多いと思います。開催告知などはしておられますか。

稲井田 たまに、大きなイベントに参加しますが、 気ままに行う茶会の事前告知は特にしていませ ん。その日の天候にとても左右されますし、狙うとその通りにならないものですから。戸田さんと私のスタンスは「今日、ちょっと行ってやってみましょうか」という気楽なもの。帰庵を建てて、お茶を点てて、興味ある人に中に入ってもらって、とい う一期一会なスタンスが好きかな。決め事に縛られず、自然の流れに身を任せ、ご縁のあった人が立ち止まって、入っては出て、また次の人が入って…そんなスタイルを続けていきたいです。

―― ふたりで出かけて、お茶を点て、誰も来なければそれもまたいいと。全てを思い通りにしようとしない。ただ自然に身をまかせる心地よさを、帰庵が教えてくれるのですね。

戸田 私は、もともと自然の中に身を置くことが 好きで。同志社大学の学生だった時、京都大学、 奈良女子大学の学生と一緒に自分たちでアウトドア・サークルを立ち上げたくらいです。卒業後も、 30 年ほど続いたそうですよ。自然を感じると人 間は元気になると思います。でも昨今は、山登りに行ってもパチパチと写真を撮って、すぐ次の目的地に向かうような人がいるでしょう。目的が次から次へとやってくるのです。ちょっと立ち止まっ て、自然を深く感じてみたらいいのになって思う んです。お茶はお湯が沸くのを待っているうちに、心がだんだん落ち着いてきて、鳥のさえずり、風の音が聞こえ出す。さっきまで抱えてきた世間のわずらわしさも、忘れていきます。帰庵の中にあるのは、名刺を介さない人と人とのシンプルなお付き合い。心を通い合わせるのに多くのモノは必要なく、逆に心の中を空っぽにして、相手への誠実さだけあれば良い。肩の力が抜けて心が静かになると、豊かな時間が流れだします。

 

 

自分を苦しめているのもまた自分

―― 茶道、禅と聞くと、ストイックで立ち寄り難い世界を想像する人もいると思うのですが。

戸田 私たち僧侶が何のために禅の修行をするのかというと「もっともっと」という思い(欲)に引きずられず、人生を楽しむためです。修行を通して「自分を苦しめる自分とは何なのか」と問 い続ける。最終的に自分はなくならず、苦しみは消えないことに気がつきますが、それらを受け入 れ人生を生きていくと、自分の執着や期待から 解き放たれ、修行をする前より自由になります。 私たちは巡る季節を楽しみながら、それぞれの人生をさまたげず有意義に送るだけ。そう悟れば、人生は豊かなものになると思います。地球規模で考えるのではなく、目の前の自然と人と物を大切にし、地球の地面に坐って静かにお茶を飲み、ゆっくりと話しをすることが現代人には必要ではないでしょうか。

―― もっと贅沢に、もっと便利にという欲望と、 帰庵の精神は真逆のところにありますね。

稲井田 私は建築に携わっていますが、完璧を求めると、その先はないことに気づくんです。 だからちょっと余白を残しておくことが大事。余白がないと発展しないし、世界が広がっていきま せん。自分だけで完結させようとするのも無理が出てきます。食器もそうですよね。どんな素材、ど んな料理を盛り付けるかで景色が変わるように、 料理人さんのための余白を残してある。茶室にあるべき壁を無くし、見る人の思考を広げる。つまり帰庵の場合はそれぞれの思う壁が心に現 れる。帰庵がその人の想像の中でどんどん変化 していく、それが面白いと感じています。竹とお茶と人、それ以外に何を見るかはその人次第、その人が完成してくれたらいい。帰庵の未完の美を感じてもらえたらと思います。

―― これから帰庵を持参したい場所があれば、お聞かせください。

戸田 病院のロビーやがんセンターなどに、帰庵を持ち込んだことがあるんです。患者さんや医療関係者の方にお茶を点てる機会をいただいて、お茶が人と人を結びつけてくれるんだと、改めて感じました。病でつらい思いをされている方にお茶を飲んでいただいて、ちょっとほっとしてもらえる。「いかがですか?」と聞くと、病気になって初めてわかる健康のありがたさをポツリポツリとお話ししてくださる。病院の人にも、家族にも言えないことを、みなさん胸の中に抱えておられます。お茶を飲みながら“それら”を手放して、少しでも楽になっていただけたらって。細々とですが、そういう活動も続けていきたいですね。仰々しく考えず「ちょっと一緒にお茶飲みましょか」と自然体で語らえるのは、敷居が低く壁もない帰庵の良さですから。静かな心が一番の贅沢で、気持ちも満ち足ります。そのことを帰庵が教えてくれるはずです。

 

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大徳寺大慈院 ZOOMゆる坐禅(※無料) 月~土曜 6時~6時半/日曜 8時~8時半 https://daitokujidaijiin.com/zazen.html

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